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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(ヤ)37号 判決 1964年3月24日

再審原告(上告人)

坪川弥一郎

右訴訟代理人弁護士

西田勝吾

再審被告(被上告人)

藤田俊幸

右訴訟代理人弁護士

稲葉正雄

主文

当裁判所第二小法廷が昭和三七年八月三日前示事件について言い渡した判決を破棄する。

右事件における再審原告の上告を棄却する。

訴訟費用中、再審に関する分は再審被告の負担とし、上告に関する分は上告人の負担とする。

理由

再審原告代理人西田勝吾の再審理由について。

再審原告の申立にかかる当裁判所昭和三七年(オ)第五一一号上告事件について、その上告理由書が原裁判所たる広島高等裁判所に提出されたのは昭和三七年四月二七日一九時五分であることが認められるところ、上告受理通知書が上告代理人に送達された日時は、その送達報告書の記載により同年三月七日午前一〇時五分であることが判るから、右上告理由書提出は法定期限を徒過し、その翌日なされたものというのほかなく、民訴法三九八条、三九九条一項二号により上告は却下されねばならないとして、第二小法廷がその旨の判決を昭和三七年八月三日言い渡したことは、所論のとおりである。

しかして、再審原告提出の竹原郵便局長作成の証明書、広島高等裁判所裁判所書記官作成の郵便送達委任簿の記載に関する証明書及び本件記録編綴の同郵便局長作成当裁判所書記官宛「特別送達郵便物の配達日時の照会について」と題する書面に徴し、前記上告受理通知書の送達報告書の送達年月日時欄の記載が昭和三七年三月七日午前一〇時五分とあるのは、当該送達取扱者の不注意による誤記であり、事実上は同年同月八日午前一〇時五分に送達されたものであることが明白である。

してみれば、再審原告の所論上告理由書は、法定の期間内に提出されたものといわねばならず、前示の如き誤記ある送達報告書に依拠し十分な職権調査を尽さずしてなされた右第二小法廷判決は、畢竟、判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱したものというのほかなく、民訴法四二〇条一項九号に該当し、本件再審の申立は理由がある(大審院昭和一七年(ヤ)第五号昭和一八年三月三日判決、最高裁判所事務総局編集裁判例要旨集民訴法6一〇二八頁参照)。

よつて、進んで再審原告の前掲上告事件について、その上告理由の有無を審按する。

上告代理人西田勝吾の上告理由第一について。

所論中、原判決には上告人の主張しない事実を主張したものと誤解し、これを判断の基礎としたことにおいて判決に影響を及ぼすべき違法があるとする点がある。

なるほど、原判決事実摘示に「代金も右一四番地の一の山林に対するものとして一一二、五〇〇円を受領したにすぎない」旨を上告人が主張したことの記載があることは、所論のとおりであるところ、この文言どおりの主張が原審口頭弁論でなされたことは記録上認め難いが、本件は、所論「右一四番地の一の山林」の売買代金の支払の有無が直接争点となつている事案ではなく、本件畑すなわち第一審判決添付の目録記載の「一四番の二の畑四反八畝歩」の代金一二万円が昭和三一年三月七日仮登記当日支払われたか否かが争われている案件であつて、原判決は、この点につき上告人が被上告人の主張を否認している趣旨を事実摘示の上に明らかにしているし、本件畑の代金が右当日支払われたことの原審認定は原判決挙示の証拠関係から肯認できるので、原判決事実摘示の所論記載が当事者の主張に基づかないとしても、その瑕疵は判決に影響を及ぼすべきものではなく、理由そごも来さないから、所論は、すべて、採用できない。

その余の所論は、原審の右事実認定が所論事実摘示の記載の影響により上告人に不利益になされた趣旨をいうものであつて、原判文を正解しないで独自の見解を述べるに過ぎないから、採用の限りでない。

同第二について。

本件「一四番の二の畑四反八畝歩」の売買につき、所論仮登記当日その代金一二万円の支払がなされたとの原審認定は、肯認できること、前叙のとおりである。所論は、右認定につき、原審の採証法則違背をいうけれども、すべて原審の専権たる証拠の取捨、事実の認定を非難するに帰着するものであつて、採用できない。

以上説示の如く、本件再審の申立はその理由があるが、再審原告たる上告人の上告は理由がないから、民訴法四二三条、四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条を各適用のうえ、裁判官全員一致を以て、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官石坂修一 裁判官五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六)

再審申立の理由

一、本件本訴につき最高裁判所第二小法廷は昭和三十七年八月三日本件上告を却下するとの判決言渡を為しその理由とし本件上告理由書が原裁判所(広島高等裁判所)に提出せられたのは昭和三十七年四月二十七日十九時五分であることが認められるが本件上告受理通知書が上告代理人に送達せられた日時は同年三月七日午前十時五分であることがその送達報告書によつて認められる、従つて本件上告理由書提出期間は同年四月二十六日までであるから右上告理由書出は法定期限を徒過しその翌日なされたものというのほかない。よつて本件上告は民訴法第三九八条、三九九条一項二号によりこれを却下すべきものである旨説示せられた。

二、然れども本件につき広島高等裁判所は昭和三十七年三月七日附を以て上告受理通知書を作成し同書面を郵便により上告代理人たる本代理人に送達すべく広島中郵便局に差出したるところ同郵便局は同七日午後零時より午後六時までの間に第九〇四号特別送達郵便物としてこれを受附けその所在地(広島市)より十数里隔りたる竹原市竹原町所在竹原郵便局に鉄道により送置せられ同郵便局は発信の翌日たる三月八日右郵便物(本件上告受理通知書在中)を同市竹原町なる上告代理人方に送達せられたものである。

三、然る以上本件上告理由書提出期間は同年四月二十七日までであることは算数上明らかなところであるから右上告代理人により提出せられたる上告理由書は法定の期間内に提出せられたるものであり本件上告が上告期間内に上告理由書の提出せられないことを理由として却下せらるべき筋合ではない。

四、前記送達報告書に書類送達の日が三月七日午前十時五分なりと記載せられあることは上告却下の判決理由の説示により窺知し得るところであるが然りとすればそれは全く郵便配達人が三月八日と記載すべきを誤記せられたるものであり此の点は全く書類受領者たる上告代理人の関知せざるところであつて斯かる他の者の誤記によつて、適法に提出せられたる上告理由書あるに拘らずこれを期限におくれたるものとしこれを理由に上告却下せられたる判決をそのまま甘受することは出来ない。

五、元来上告理由書が法定期間内に提出せられたりや否やは裁判所の職権調査事項であるがたとへ右の如く送達報告書が三月七日午前十時五分に送達せられたる旨記載せられありと雖上告受理通知書が三月七日附を以て作成せられあることは記録上明らかなところであり同書面が郵便により十数里隔りたる竹原市居住の上告代理人に送達せられたること及び上告理由書が広島高等裁判所より右の如く遠隔地より郵便等に依らず宿直受けとして特送せられたることよりして上告代理人はその提出の日を以て上告理由書提出期間の最後の日なりと思惟し斯かる提出の方法を執りたるものと考え得ること等を綜合すれば或いは右送達報告書の記載は誤記にして真実はその翌日たる三月八日に伝達せられたるに非ざるやとは容易に考へを及ぼし得るところであり裁判所に於ては右送達報告書の記載のみに頼らず職権を以て送達郵便局に調査嘱託又は上告人に対しその点につき反証提出を促がし然る上右上告理由書が法定期限を遵守し提出せられたりや否やを判定せられるべきが当然であるに拘らず此の挙に出でず前記の如き事情あるに拘らず漫然右送達報告書の記載のみを以て此の点につき判断せられたるは判決に影響を及ぼすべき重要なる事項に付判断を遺脱したるものであり民事訴訟法第四百二十条第一項第九号の再審事由あるものと信ずる。

六、仍て再審申立の趣旨の通り原判決を廃棄し本訴の内容審理判決せられんことを求めるものである。    以上

上告代理人西田勝吾の上告理由(昭和三七年第五一一号)

第一、当事者の主張せざる事実を主張したりと誤解し判断の基礎と為したる判決に影響を及ぼすべき違法がある。

上告人は第一審以来昭和三十一年三月七日本件畑につき所有権移転の仮登記及び之に隣接する山林の所有権移転登記の為されたる日に被上告人の父藤田燈一より受取つた金員は山林代金中金十五万円である旨主張し来つたものである。

然るに原審判決事実摘示に於ては「上告人は代金も右十四番地の一の山林に対するものとして金十一万二千五百円を受領したに過ぎない」と主張した旨記載せられた、然かも右金額は被上告人が右山林の売買代金なりと主張する金額と一致し上告人は山林の売買代金全額の支払を受けたる趣旨の陳述の如く記載せられあるものであり、仮に然らずとするも右山林の売買代金は金十一万二千五百円と約定せられたと認められるは必至であつて又上告人は当日金十五万円を受取り内金十四万円は即日呉信用金庫安浦支店に預金し(乙第一号証の通り)たる旨の証拠を提供し居る事とて右当日上告人は右山林代金を超えて金員を受領し居りこれは結局本件畑の代金として受領したるものと認定せられるところであり、此の事は原審判決理由中には特に明示せられざるも斯かる寓意の下に判断せられ従つて上告人不利益な判定を受けるものと思料せられるところである。

従つて斯く上告人の主張を誤解せられたるは判決に影響を及ぼすべき点につき訴訟手続に関する違法ありと謂うべきか又は民事訴訟法第三百九十五条第一項六号の理由齟齬の違法あるものと信ずる。

第二、原審判決は判決に影響を及ぼすべき事実認定につき採証法則に違背した違法がある。

一、本件に於て昭和三十一年三月七日上告人より被上告人に対し所有権移転の仮登記が為されたる広島県豊田郡安芸津町大字大田字丸山十四番地の二畑四反八畝歩の売買につき当日代金十二万円の支払が為されたか否かが唯一の争点と謂うべきである、然れども右争点の判断に付ては之に附随し事情として争われている。

(一) 本件畑の売買の交渉は何時より為され何時代金十二万円と決定し売買契約が為されたか

(二) 右仮登記の日被上告人の父は安浦町司法書士桐山笹一方に幾許の金を持参し幾許の金が上告人に交付せられたか

(三) 右当日本件畑及び丸山十四番地山林の外に丸山十六番地山林(土地台帳附図上同番地と表示せられたる山林)の売買が為されあり、その代金の支払が併せて為されたか

の諸点を充分検討の上判断せらるべきでありなお右(三)の検討に付ては上告人が昭和二十九年被上告人及び訴外藤本正義に売却したる山林の地番は丸山十三番地なりや同十六番地なりやにまで考えを及ぼすべきものである。

二、仍て前項諸点につき証拠を検討するに前項(一)及び(二)の点につき

上告人の立証に於ては上告人本人訊問に於て丸山十四番地山林売買の話が先に為され昭和三十一年三月七日その所有権移転登記手続の為司法書士桐山方に赴きたるところ其の席上に於て訴外竹内励に勧められ、畑をも売ることにし、その代金を金十二万円と決定したが県知事の許可がない為、当日仮登記のみ為し代金は後県知事の許可を得て本登記を為す際支払を受けることと定めたものであると陳述し、又第一審証人花岡一之及び同坪川盛登の証言にこれに添う供述が存するに対し

被上告人の立証に於ては第一審証人竹内励は本件畑を代金十二万円で売ることは安浦へ山の登記に行つたとき桐山の代書で決つた旨証言し証人藤田燈一は原審に於ては登記の約十日位前本件畑外二筆につき同時にそれぞれ値段を決め契約した旨、第一審第一回訊問に於ては登記の日金二十六万円を用意持参したのであり十四番地の一山林につき二町五反とし反当金四千五百円、計金十一万二千五百円、本件畑につき四反八畝とし金十二万円、十六番地山林につき二反六畝反当金五千円、金一万三千円、合計金二十四万五千五百円の支払を為したのであり、畑については当日上告人が都合があるので代金を皆呉れと言われたが本来前に上告人から田を買つたが後で上告人が売りたくなくなり戻した例もあり、金は払いたくなかつたのである旨、その第二回訊問に於ては上告人が本件畑の代金を皆呉れと言つたのは登記の二、三日前であり当日桐山へは金二十四万五千五百円用意して持参した旨各証言している。

三、右証拠の真否を判断するに当つては先ず譲渡につき県知事の許可を要する本件畑の売買の如きに於てその許可前然かも第一審証人竹内励の供述によつて観らるるが如く右許可前に於ては目的物の引渡は為されざるものと観念せられるが如き場合仮登記を為したるのみにて代金全額の支払を為すが如きは通常行なわれざる取引であり、それも買受人に於て金銭の余裕あるならば格別内金八万円は他より借入れ第一審証人幸野亮三の証言の如く借受後一年五ケ月を経過するもなお右借受金の支払を毫も為されざるが如き状態に在りて然かもその支払に当りたる被上告人の父に於て前に上告人より土地を買受けたるもその後上告人の気儘から該売買を取りやめ土地を取戻されたる経験あり金を払いたくなかつたとの心境に在るものを特段の事情もなく単に上告人より都合があるからとの理由のみで上告人の要求に応じ代金全額の支払を為すが如きは常識として考え得られざるところであり、然かも証人藤田燈一は前記の如く第一審第一回訊問に際しては上告人が畑代金全額を呉れと要求したのは登記の日の事であると述べ、その第二回訊問に於ては右要求は登記の二、三日前に為されたと陳述を変更しているこれは恐らく先のは上告人代理人の反対訊問に対しての陳述であり、証人としては此の点に付てまでの用意の無かつた為証言の及ぼす影響を考えることなく口から出任せに述べたものであり、後に斯く供述することは被上告人有利の証拠の崩れることを思い第二回訊問に於てこれを変更したものと考えるの外なく上告人が畑代金の請求を為したとの証言内容は全く採るに足らざるものと謂わざるを得ない。

なお茲に見逃すことの出来ないのは前記証人竹内励の「本件畑を代金十二万円で売ることは安浦へ山の登記に行つた時、桐山の代書で決つた」旨の証言である、此の証言も上告人代理人の反対訊問に対する答であり、上告人の本人訊問とも一致しその前上告人の提出したる答弁書の内容と同様であり、極めて措信すべき証言たるを失わず、然る上は被上告人に於て他より金借してまで畑代金十二万円を加え当日桐山方に持参した趣旨の証拠の採用し難きは自明の理であり、右の方途に出でず上告人不利の認定を為された原審判決は採証法則に違背する違背する違法あるものと思料する。

只右の如く断ずに於いて一言すべきは甲第二号証の存在であるが、右は第一審証人桐山笹一の供述に金を渡すから書いて呉れと言われ竹内の言う通りに書いたとあり、且つ上告人は当日代書された書類については自分で捺印せず実印を渡して捺印せしめた旨陳述して居つて右内容の書面作成は上告人の預り知らざるところである。

四、更に本件畑等の売買に連れ丸山十六番地山林(土地台帳附図上に同番地と表示せられた部分)の売買が為され登記の日に代金一万三千円が交付せられたか否かの点である。

此の点の検討に当つては先ず昭和二十九年上告人が被上告人及び訴外藤本正義に土地台帳附図(甲第十三号証)に於て丸山十三番地と表示せられたる山林を売渡し、これに対し十六番地山林の所有権移転登記を為したる(以上は当事者間争いない)につき上告人が該土地を丸山十六番地なりと信じていた事は証拠上認定されるところであるが該山林が上告人の信ずるが如き地番なりや否やに言及する。

原審証人藤原群一の証言、同証人藤田燈一の証言中自分は昭和三十二年仁井岡より右附図に於て丸山十五番地に相当する部分を買受けたが右は丸山十七番地山林に相違ない旨の供述部分第一審証人坪川盛登の第二回訊問に於ける証言並に同調書添付の図面の記載及び第一審証人藤本政一の証言(第一、二回)等を綜合すれば本件現場附近の土地台帳附図(甲第十三号証の原図)事実に吻合せざる土地の表示多々あり右上告人が昭和二十九年被上告人及び藤本正義に売却したる山林(右附図上十三番地と表示されたる部分)は丸山十六番地が正しくまた同附図上十六番地と表示されたる部分は丸山十五番地の一部なることが認め得られるところであり、然る以上右後者が売買されたるに於てはこれが十五番地の一部なることを知悉する上告人に於て土地の分割及び所有権移転登記の事を話合わざる筈なく、又仮に山林の存在が被上告人主張の如く土地台帳附図表示の如くなりとするも十六番地は藤本正義と共有名義になり居るを如何にすべきか及び昭和二十九年売買された十三番地山林の所有権移転登記を如何にすべきかが互に話合わざる筈なく、又双方地番上の見解が異るとせばそれにつき所有権移転登記に干し如何に処すべきか話合いが為されざる筈なく弁論の全趣旨及び証拠上斯かる話合の為されたりと認め難き本件に在りては土地台帳上丸山十六番地と表示されたる山林の売買が同時に行なわれたる旨の証拠は排斥せられるのが採証法則上要請せられ、然る以上金一万三千円が追加支払われたる事実は当然否定せられ、延いては右登記の日畑代金の支払を支払つた旨の証拠も排斥せらるべきであり、此の挙に出でなかつた原審判決は前記三記載の理由と併せ採証法則に違背するものである。

以上第一、第二の何れよりするも原審判決は破棄せられ原審へ差戻さるべきものと思料する。        以上

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